同人活動の思い出/元同人者兼元ヲチャーの過去語りを探しても見つからないので私自身が語ってみた

過去に同人活動をしていて、それと同時に匿名掲示板などでヲチ行為もしていたという人は本当にたくさんいるはずなのですが、引退後にその話をネタにしている人が見つからないので、とりあえず私が当時のことを正直に語ってみようと思います!(・∀・)

現役時代の私は、ジャンル内で誰と誰が仲が良いとか悪いとか、誰が嫌われているかとか、どのキャラのファンが過激かとか、そういった内情はおおむね把握していました。
苦労して情報を集めていたわけではなく、自分の二次創作をするついでに周囲(匿名掲示板やその他の場所やリアルイベントなど)を見ていたら自然に分かっていました。

某匿名掲示板は、自ジャンルのファンスレ、アンチスレ、ヲチスレを全部読んでいました。
自分は書き込みをしない時でも、他の人達の書き込みにはすべて目を通していました。
楽しい萌え語りも、吐き気を催す罵詈雑言も、両方しっかり読みながら、表では何も知らないふりをして作品を作り続けていました。私の中ではそれが普通の活動スタイルでした。

おそらく、自分が活動しているジャンルに関係があることなら、本当に何でも(ジャンル者同士の諍いやアンチの叩き意見でも)知りたかったのだと思います。
また、そのジャンルで活動するのなら、そこで交流する人達や自分の作品を見てくれる人達が何を考えているのか、知っておいたほうが良いという気持ちもありました。

今振り返れば、私にツイッターが合わなかったのは、これのせいだった気がします。
当時はまったく思いもよらなかったことですが、今なら分かります。

私は、3桁くらいのフォロー数なら、誰が、いつ、何を呟いたか、ほぼ全部覚えていました。
これは、私は自分では普通のことだと思っていたのですが、引退した後で他の人からそれはヤバイと言われたのでヤバイらしいです。みなさんはどうですか?(´・ω・`)

だから、日によって言うことが違う人、相手によって態度を変える人、いつも意味不明なことを言っている人も全部記憶に残っていて、その不快感が何年分も積み重なり耐えられなくなりました。
ツイッター交流が苦痛ではない人は、人の話を何も覚えていない人なのでしょうね。

匿名掲示板にも負のオーラはありましたが、あれはすべての書き込みが匿名なので「同じ人が主張をコロコロ変えていて脳味噌大丈夫かと問いたくなる」ということはありませんでしたし、書き込み主が誰かということも基本的には分かりませんでした。

ツイッターのせいで「書き込む前に少し考える」ということができない人が、こんなにたくさんいるのかと知ってしまいました。匿名で言うべきことも名前を出して言ってしまう人が増えて、そんな判断もできない人と今まで仲良くしていたのかと思うと心底ガッカリしました。

さらに言うと、ツイッターをする前はまともだった人も、ツイッターを始めたら発言がおかしくなることが本当に多くて、前はこんな人じゃなかったのに…というパターンが多すぎて、絶対変な電波とか出てるだろあの「バカ製造器」と思っています。あれ本当に何なんですか?

でも、同人引退後は私の記憶力も10分の1くらいに落ちましたので、今は穏やかなものです。
頭ってボンヤリしていたほうがラクなんですね知らなかった!…と真面目に感動しています。

ただ、私はこのクソみたいなヲチ体質のおかげで、本当にさまざまな意見やさまざまな性癖に触れることができましたし、トラブルを事前に避けることもできました。
楽しんだり役に立ったりした一方で、とんでもない地雷も踏みましたが、瀕死になりつつも「世の中にはこういうこともあるんだ」という勉強にはなりました。

もし私が、創作だけに集中して周囲に興味が無いタイプだったなら、このブログの記事のほとんどは書けなかったと思います。なので、私自身はこれで良かったと、今は断言します。

ですが他の人には、傷付いたり病んだりする可能性のあるヲチ行為はオススメできません。
清濁すべて飲み込んだ先に、見えるものも確かにあります。でも「今のお前引退して廃人じゃん」と言われたら「そっすね(´・ω・`)」としか言えないので、やはり止めるべきですね。

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コメント

  1. Crispy より:

    こんにちは。

    「誰が、いつ、何を呟いたか、ほぼ全部覚えていました」

    これ、確かにヤバイですね。
    中々このような人はいないと思います。

    自分は「ツイッター交流が苦痛ではない人」の部類に入りますが、「人の話を何も覚えていない人」ということもなく、直接やり取りした会話はもちろん、会話に発展しなくてもある程度交流のある人は、目にしたツィートは適度に覚えています。
    「目にした」とあるのは、わざわざ過去のつぶやきなどをさかのぼって見返したりは(基本的には)しないということです。

    ヒロコさんのツイッター関連の過去記事も目を通させてもらってますが、今までは「ツイッターでそんなに病むようなことになるかな?」と常々思ってはいました。
    ですがヒロコさんの記事に賛同している方も相当数いらっしゃるので、「そういうケースもあるんだ」という認識で今まで心に留めていました。

    過去の記事と、今回の記事を読んで自分が思ったのは、
    (1)同人界隈、もしくは同人者特有の現象
    (2)ヒロコさんの性格的なものもツイッターに合っていなかった
    という2点でしょうか。

    今までずっと(1)しか思い当たらなかったのですが、今回の記事を読んで初めて、(2)のヒロコさんの性格的な部分もかなり災いしたのかな、と個人的には思いました。

    なんかこう、徹底的にやっちゃうんでしょうかね、ヒロコさんって。
    「ボンヤリすること」を推奨するわけでは決してないのですが、もう少しバランスよく力を抜いて活動していたら(それが良かったかどうかは別にして)また違った同人生活になっていた気がしますが、おそらく同人をするほど作品に対して情熱がある方は、中々ユルくやることも難しいのかもしれません。
    そういう性質の方が集まりやすいという意味でも、(1)の同人界隈・同人者で起こりやすい現象につながるのかな、と思いました。

    自分は心理学者でもなんでもないですが、非同人者が、ヒロコさんの文面から思ったことを書いてみました。

  2. ヒロコ1号 より:

    >Crispyさん
    こんにちは。ツイッターは基本的にオタクとは相性が悪いツールだと思っていますが、実際はオタクほど「同じ趣味の人と交流したい」とか「自分の作品を宣伝したい」とか、非オタクの人よりも明確な目的を持ってツイッターを始めることが多いです。
    私も、同人活動に役立ちそうと思えなければ、最初からやっていなかったと思います。

    そこで交流相手の嫌なところが見えたり、つまらない炎上を目にしたりすると、楽しめるはずと期待してツイッターを始めたぶん裏切られたような気分になりました。
    完全に匿名なら平気だったのに、名前とアイコンで個人を区別できるツイッターはダメだったというのは、私特有の事情だと思います。これも説明しようとすると長くなりそうです。

    現役時代の私は「完璧な楽しいことばかりの交流」を求めすぎる傾向がありました。
    人間的に合わない相手に対しても「同じジャンルの人とは仲良くしないと」と思って無理に交流しようとしたりして、同人が好きすぎるあまり、同人仲間というものを絶対視しすぎていたかもしれません。そこは今更ですが反省しているところです。

    ただ、現役時代に考えを改めて力を抜くのは、やはり不可能だったと思いますので、これはどうしようもありませんでした。今は脳の一部が欠けたような感じでボンヤリしていて、このブログの文章もガバガバなところがあるかと思いますがご了承ください。

  3. フォルフォル より:

    こんにちは、いつも楽しく読んでいます。
    私はなかなか3桁のフォロワー数でどんな風に呟いていたのかは全部記憶まではしてませんでした。私は親しい人のツイートを熱心に追っていたタイプで、ヒロコ1号さんの記憶力は相当すごいと思いました。全部記憶しているとなると、かなりTwitterにいるのはさぞかし辛かったと思います。あと、私はツイートなどを検索して(wikiとかもリンクされた単語とかもクリックして)延々と見てしまうタイプでした。

    色々見るのに苦がないこと、記憶力があると色んな負の面を感じ取ってストレスになってしまうのはあるかと思います。特にTwitterは発信によって知らず知らずのうちにその人の輪郭や内面が構築される、そんなイメージです。気軽に発信できる分、人間の地が出やすいSNSだとかつてTwitterをやっていた自分は感じました。あそこはスルースキルがないとやってけないです。

    Twitterによってイメージが(悪い方へ)ガラリと変わってしまう人、有名無名問わず何人も見ました(逆はあまりなかったです)
    変わってしまうの原因については、TwitterというSNSの雰囲気、当時の社会状況、元々の性格がそうだった、複数があるのではないかと私は考えてます。

    当時Twitterをやっていた頃は震災が発生する前後だったので、あの頃から社会問題に対して発信する人が増えてきた印象です。政治的発言、思想信条がわかってしまうのが苦痛でした。現在は新型コロナの感染拡大で、ストレスや苦痛を感じているTwitterユーザーはかなりいるんじゃないかなぁと推測してます。
    他のSNSにはないTwitterの魔力、あれは何なんでしょうね…。

  4. ヒロコ1号 より:

    >フォルフォルさん
    こんにちは。私は相手との親密度には関係なく、一度目に入ったツイートは平等に記憶に残って蓄積されていました。多くの人が一定の割合で不快なツイートをするので、特定の誰かをミュートすればいいという問題ではありませんでした。検索など何かのきっかけで、フォローしていない人の過去ツイートを遡ることもありましたし、リンク先も全部見ていました。

    ツイッターでイメージが悪くなる人はいても、良くなる人は本当に1人も見ませんでした。
    それが分かってくると、自分は作品を投稿する時とリプに返信する時以外は何も呟かなくなっていきました。他にもそういう人はいたので、同じ気持ちの人もかなりいたはずです。

    私がツイッターをしていた期間で一番キツかったのは、東日本大震災の直後でした。タイムラインが不快すぎて、それが落ち着くまで自分は何も呟けなかったのですが、他の人達のツイートは(よせばいいのに)全部見ていました。後日「仕事でツイッターを見られなかった」と嘘をついて戻りましたが、あの時にそのままやめていれば良かったのにと、今でも思います。

    ストレスや苦痛を感じていても何故かやめない人が結構いるわけですが、私にもやめられなかった時期があったので、その感覚は分からないでもありません。でも、やっぱり何が何でもやめたほうがいいと思います。現在もロクなことになっていないのは想像できます。
    他にもSNSはあるのに、炎上や悪い話はほぼツイッターから来るのがスゴイですね。