同人活動の思い出/私の実体験をもとに、ネット上で特定の作品を叩く人達に思いを馳せてみた

私には、過去に10年ほど仲良くしていたMさんという同人仲間がいました。
活動ジャンルは被ったり被らなかったりでしたが、ゲームの有名タイトルであるAシリーズとBシリーズは2人とも知っていて、会った時はよく話題にしていました。

ところが、Aシリーズの5作目が発売された時に、私はこれにハマって二次創作を描きまくっていましたが、Mさんはこの5作目が気に入らなくて「前作までのほうが良かった」と言っていました。
実際、この5作目は評判が悪く、某掲示板でもアンチスレが立って盛り上がっていました。

それでも、私は大好きになりましたし、同人界隈も昔ほどではないけどそれなりの規模はありましたので、新たに知り合った5作目ファンの人達と楽しんでいました。
そうしている間も、Mさんはどうしても5作目が受け入れられず、ことあるごとに私の前でも文句を言っていたので、私達の仲は少し険悪になっていきました。

そして数年後、今度はBシリーズの5作目が発売されました。Mさんはこれにハマって二次創作を書きまくっていましたが、私にとってはBシリーズの5作目こそ地雷でした。
ちなみに、Bシリーズの5作目も評判が悪く、某掲示板ではアンチを通り越して葬式スレが立ち、多くの人達が「Bシリーズはもう終わった」と嘆いていました。

Bシリーズの5作目の評判は散々でしたが、それでも少数のファンはいたので、Mさんはその人達と一緒に活動していました。でも私はどうしてもBシリーズの5作目は受け入れられず「もうBシリーズは今後新作が出てもプレイしないと思う」とMさんに伝え、それ以降、私達が会って遊ぶことは無くなりました。Mさんとの縁はここで切れたのです。

私とMさんはそれまで10年ほど交流していたにもかかわらず、AシリーズとBシリーズの魔の5作目のせいで絶縁するという結果になりました。でもこれは、お互いに自分の大切なものを守ってそうなったのだと納得しています。妥協することは不可能でしたし、仕方の無いことでした。

一方で私は、このMさんとの一件で、どんなに世間で不評で自分も気に入らない作品でも、それを好きな人はいるということを、身をもって学習しました。

私とMさんはリアルで1対1で言い合いましたが、ネット上で作品を叩くことはしませんでした。
どちらも同人活動をしていて作り手側でしたので、特定の作品を叩いているところを読者に見せるわけにはいかなかったという考えは、私もMさんも同じだったはずです。

ネット上で叩くとしても、当時の人達は匿名掲示板を使っていたので、今のように、匿名のようで匿名ではないSNSやYouTubeで暴言を吐いている人達を見ると、ヤベェなと思ってしまいます。
個人情報を入力して登録しているSNS、さらに、グーグルアカウントのアイコンと名前でコメントするYouTube、そんな場所でそこまで言って大丈夫?と、年寄りは心配してしまいます。

嫌いという感想は自由ですが、もし身近な人がその作品を好きだった場合、その人に直接言っても大丈夫な文章かと考えながら書くと、批判の文章でも理性的なものになると思います。

批判をネット上には出さなくても、10年交流した相手を無くすこともあるのです。
ネット上で地獄のようなコメントを残せば、見知らぬ人からも刺される可能性があります。
嫌いな作品を批判する時は、失うもののことを考えて、腹を括って挑むことをオススメします。

ちなみにMさんは、調べてみたら今も元気に同人活動を続けているようです。良かったです。

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コメント

  1. ろいほ より:

    ヒロコ1号さん。こんにちは。
    コメント失礼いたします。

    自分は当時、ツイッター時代に特定の作品を
    叩く行為をやってしまっていた身の程知らずでした。
    当時叩いていた作品は一過性とはいえ一時話題になった作品だったため、
    いつどこから刺されてもおかしくない状況でした。
    もちろん、今では非常に恐ろしいことをしていたと思っています。

    今まで好きだった作品が続編や続シーズンで展開が
    地雷になってしまい、受け入れられない悲しみは自分も経験しました。
    二次創作ならまだしも公式となってしまうと避けようがなく、
    とてもやるせないですよね。

    蓼食う虫も好き好きというように、
    オタクには各人で違う「どうしても守りきらなければいけない領域」がある以上
    衝突がどうしても避けられない時もあることを、
    本記事を読んで再確認しました。

    今はもう嫌いな作品に対して叩く元気もなくなり、
    心穏やかに過ごせるようになったのはよかったことかなと思います。

    長文失礼いたしました。
    これからも更新楽しみにしています。

  2. ヒロコ1号 より:

    >ろいほさん
    こんにちは。昔は叩くにしても、今ほどあっという間に拡散されたりはしなかったし、身内以外に本音を知られることも少なくて、そのおかげで助かっていた面もあります。
    瞬間的に思い付いたことを、何も考えずにすぐに拡散できてしまうツールを、その危険性を知らない人達が自由に使える現在の状況は、正直どうかなと思います。

    シリーズの新作を古参ファンが叩くのは、ある程度は恒例行事みたいなものですが、そこで本当に否定意見のほうが多くなってしまうと、公式の商売としても失敗ですし、ファンもつらい気持ちになります。でもそんな作品でも、好きな人はいるのです。本当に嫌いで叩いているならまだしも、ネットには炎上に乗っかっているだけの人もいて、こちらは真剣に論外です。

    私も、引退したおかげ(?)で、もうそこまで強く何かにこだわることも無くなりました。
    現役の頃は交流相手を失ってでも守りたい想いがありましたが、今は自分でも驚くほど気持ちが薄れています。確かに心穏やかですが、本当に良かったのかなとも思ってしまいます。
    でも、今は今ということで、静かにのんびり過ごせば良いのですよね。

  3. 引退した者です より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。
    私は過去に10年近くファンを続けていた作品が2つあるのですが(CとDとします)、どちらもこの記事のように「新作が受け入れがたい」という理由でジャンルを離れました。私は某掲示板は見ていませんでしたが、交流のあった人達の反応から推定して、評判は悪かったようです。

    そんな中で、Cの古参ファンのSさんは「せっかく公式に動きがあったのだから、それがどんな形であろうと、私は応援する」とハッキリ意思表示していました。彼女は日頃から「作品愛は、公式にお金を落とす形で伝えるべき。作品が続いていくためには、良い時も悪い時も、ファンが支えていかなくては。」という考えを持っていました。でも新作を理由にCを離れる人を批判することは一度もなかったので、おそらく彼女は、離れていく側の気持ちも理解していたのだろうと思います。
    Sさんにはアンソロでお世話になったことがあり、人柄に好感を持っていたので、私は新作のことについては何も触れずに、フェードアウトするようにジャンルを離れました。

    その後、作品Dにハマり10年近く過ぎた頃、また同じことが起こりました。SNS時代になったせいか、古参ファンは言葉に気をつけている印象でしたが、数人が「どんな新作でも受け入れる覚悟です」という主旨のことを言っていました。彼女たちも内心はガッカリしていたのかもしれないけど、作品CのSさんのように、「良い時も悪い時も、ファンが支えていかなくては」という考えなのかもしれないと思いました。

    私もある程度はそういう姿勢でファンを続けてきたので、理解はできるのですが、Dの新作については、自分の許容範囲を超えていた感じでした。「受け入れる覚悟」と表明していたうちの一人は、私が最も尊敬していた描き手で少し交流もあったので、新作をきっかけに縁が切れるのは悲しかったです。

    記事の主旨とは少しそれますが、新作が不評だったとき「好きだからこそ受け入れられない」というのもファン、「支え続けるのが愛だ」というのもファン、どちらの言い分もわかるのですが、私は2度とも、支え続ける方は選べませんでした。
    ファンをやめる時は、作品との別れのほかに人との別れもあって、悲しかったなと思い出しました。

  4. ヒロコ1号 より:

    >引退した者ですさん
    こんばんは。長年熱心にファンをやっていた作品の場合、1度の失敗で見捨てるのもどうかという気持ちも分かるので、根気よく作品を支えようとする人がいるのも理解できます。
    一方で、昔からのファンでも他の消費者と変わらないのだから、面白くなくなれば離れるという考えもあり、むしろそれが大多数のライト層にとっては普通のことかもしれません。

    これも結局、どこまで許容できるかが人それぞれ違うので、内心ガッカリしていてもまだ支えようと思える人もいれば、どうしても無理なので去る人もいるということですね。
    それも、新作だけを見ていきなり無理だと思ったわけではなくて、実はそれまでにも公式への細かい不満が積み重なっていて、新作がきっかけで爆発したケースもあると思います。

    同人の交流は一般の友達とは違って、たまたま同じジャンルが好きだから繋がっているだけのことがほとんどなので、作品のファンをやめるならそのまま縁が切れてしまうのも仕方が無いと思います。それ以外の繋がりが何かあれば、交流を続けることもできますが。
    私は同人に冷めかけた頃にそこに気が付いて、寂しさを感じると同時に妙に納得しました。