同人活動の思い出/ドリーム創作と自己投影について今思い出したことを語ってみた

二次創作のカップリングは原作のキャラ同士をくっつけるものですが、中には「キャラ×自分」の話を妄想するような、いわゆる「ドリーム創作」というものも存在します。
ドリーム創作の定義については、恋愛要素が無いものもあるようですが、大多数は恋愛物と言って良いと思います。イラストや漫画も存在しますが、最も多いのは小説です。

昔、個人サイトにあったドリーム小説は、読む前にクッキーやJavaScriptなどで好きな名前を登録すると、小説内の主人公の名前が登録した名前に変換されて表示されました。
これは、乙女ゲーやギャルゲーの主人公の名前を付けるのと同じ要領です。

そうして、主人公(=自分)とキャラが絡んでいる話を読んで楽しむのがドリーム創作だと私は考えていますが、正直専門外の分野のため、間違いがありましたらお詫び致します。
私自身はドリーム創作はしたことが無いので、ドリーム好きの人と知り合う機会はほとんどありませんでしたが、友達の友達などでドリーム創作をしている人がいたことはあります。

私が出会ったドリーム好きの人達は、こちらが気の毒に思うほど委縮していて「ドリーム好きなんですスミマセン!ひっそりやっていますので叩かないでください!」みたいな感じの人が多かった印象があります。おそらく実際に叩かれたことがあるのだろうと思います。
確かに、ドリームというだけで嫌な顔をする人も、腐女子の中にはいたかもしれません。

原作のキャラ同士のカップリングを俯瞰で愛でる腐女子の中には、物語の中に自分を登場させるドリーム創作に嫌悪感を感じる人もいたのでしょう。
私もその心理は分かるのですが、でも不思議と、ドリーム創作を攻撃するほど嫌いと思ったことはありません。普通に興味が無かったという感じです。

自分を登場させる云々の話をするなら、原作のキャラ同士のカップリングと見せかけて、実は攻めか受けのどちらかに作者が自己投影しているパターンもあると思います。
読者側がこれを見抜くのはとても難しいですが、もし真偽にかかわらず自己投影だと思われてしまった場合は、カプ内でけっこう嫌われてしまうので災難です。

またドリーム創作の中にも、ストレートに「キャラ×自分」の妄想をする人もいれば、オリジナル主人公を作って、そのオリジナル主人公に自己投影するパターンもあります。
実際のところ、どのような意図や願望に基づいて作品を作っているかなんて、他人が知ることは不可能なのはもちろん、創作をしている本人でさえ自覚できていない場合があります。

私も現役時代はそういうことを細かく考えたことがありませんでしたが、今振り返ると、おそらくだけど、私は最推しが受けキャラであることが多かったため、多少は攻めに自己投影して作品を描いていたところがあったかもしれません。

人からそれを指摘されたことは無いけど、それは私のキャラ解釈がいつもカプ内で多数派のほうだったため、多くの人が私の描く攻めに違和感を感じなかったせいではないかと思います。
少しだけ自己投影も入っていたかもしれない私の描く攻めに対して「そうそう!攻めってこういうヤツだよねwww」という感想ばかりだったのは、今思うと少し申し訳ないです。

当時の自分はドリーム創作とは縁が無いと思っていましたが、無意識のうちに多少の自己投影をしていたから、ドリーム創作を嫌うことができなかったのかもしれません。

今回の話も、言葉にしようとするとかなり難しくて、なかなかの怪文書になりました。

ところで「ドリーム創作」という言葉は、女性向作品(特に女性向の男女カプ)のイメージが強いですが、男性向のモブおじさんも、あれに自己投影している場合はドリーム創作ということになるのでしょうか?モブおじさんは果たして夢主なのか?有識者の意見を伺いたいところです。
…と無駄に怪文書を追加しつつ、今回はこのへんで失礼します。

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コメント

  1. 引退した者です より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。
    乙女ゲームとも縁の深い「ドリーム創作」についての記事、とても興味のある分野です。

    私は個人サイト時代は、夢女子や夢小説の存在を知りませんでした。後に乙女ゲーマーになって知ったのですが、それはブログでゲーム感想を書いている方の記事に「この作品はヒロインの顔表示があり、個性の強い性格なので、自己投影する方には不向きです。」という記述があったのがきっかけでした。
    少し調べると、乙女ゲーマーには2種類のタイプがいて、ひとつは客観的にストーリーを楽しむタイプ、もうひとつはヒロインに自己投影するタイプ。このことは制作者側も認識していて、乙女ゲームの多くは両方のタイプに配慮して作られていることが多いと知りました。

    私は若い頃は「ヒロインに自己投影するタイプ」だったのですが、「キャラ×自分」というより「キャラ×オリジナル主人公」に近かったと思います。
    ヒロインに嫉妬する心理もありましたが、それはヒロインが自分の好みでない場合で「こんな子に推しを譲るくらいなら、私のオリジナル主人公を立てたい」という感じでした。
    ですからヒロインが自分にとって好きなタイプの場合は、嫉妬せず快適にプレイしていました。「こんな魅力的なヒロインなら、推しが好きになるのもわかる。応援する。」という風に考えていたのだと思います。

    自分がこういう考え方だと気付いてからは、乙女ゲームを選ぶときは、攻略対象の男性キャラよりもヒロインの性格を重視していました。
    ハマる乙女ゲームは、ヒロインの性格が好きなものに限られていたし、もともと私は男性キャラより女性キャラが好きなオタクなので、乙女ゲーマーだけどヒロインの絵ばかり描き、キーホルダーなどのグッズもヒロインを集めていました。

    私は自己投影型ではありましたが、比較的ライトな部類だったのではないかと思います。というのは、私が出会った乙女ゲーマーの中には、もっと本格的な自己投影思考の人達がいて、その人達の楽しみ方の方向性とは、やはり違っていた気がしたからです。でも「気の毒に思うほど委縮していた」という人達の気持ちは、わかる気がします。

    オタク活動全体を思い出すと、私は商業BLにハマったこともあり、公式でないBL(昔は「やおい」と言いましたよね)にハマったこともあり、腐女子の面もありましたので、一体自分が何属性だったのかというと、よくわかりません。

    さて、のちにヒロインへの自己投影をしなくなってから、二次創作の面で変化があったことがあります。「最推し×ヒロイン」のCPが、必ずしも描きやすくないという現象です。
    攻略対象の中で特に好きな男性キャラが4人いたのですが(ABCDとします)、ネタが思い浮かびやすかったり、思考や行動が想像しやすいキャラはBとDに偏っていました。そのため描くネタが、B×ヒロインとD×ヒロインばかりで、周囲からは「この人はB推し・D推しだろう」と見えていたかもしれないのですが、乙女ゲーマーとしての自分はAが最推しだったのです。

    この理由としては、ヒロインを幸せにしたいという思いから「相性の良さそうな男性キャラと恋愛をさせたい」という気持ちがあったかなと思います。(相性の良さそうな、という判断は、完全に私の主観になってしまいますが)
    またもうひとつには、ABCDの中で、比較的自分と性格が似ていたのがBとDだったため、男性キャラ側の気持ちが想像しやすかったせいではないかと思います。私は基本的に「もし私だったら、こう感じる。こう考える。」という風に、いつも「自分」を軸に想像を膨らませていたので、それも一種の自己投影だったかもと思います。

    キャラへの自己投影をどこまでしていたかという話は、自分自身でもよくわからない点が多いですね・・・。深く考えてみるのは楽しいですが、不明瞭な点が多くて、私もこのコメントを書くのに時間がかかりました。つい長くなり失礼しました。
    乙女ゲームは客観的な目線で楽しんでいたというヒロコ1号さんが「多少は攻めに自己投影して作品を描いていたところがあったかも」とおっしゃるのはとても興味深いです。

  2. ヒロコ1号 より:

    >引退した者ですさん
    こんばんは。自己投影の度合いも人によってさまざまですよね。乙女ゲームジャンルで、本気でヒロイン=自分と考えている人と話す時は、若干緊張した思い出があります。
    私も元々は女性キャラのほうが好きでしたが「可愛ければ男でもいいか」と思い直してBLも好きになりました。だからBL好きで女性キャラを邪魔に思う人とは話が合いませんでした。

    乙女ゲームのヒロインは、私は完全に客観的な目線で見ていましたので、ゲームをプレイする時も名前はデフォルトネームで、ある程度個性がある設定のほうがやりやすかったです。
    中には、デフォルトネームが無いとか、ゲーム中で顔もハッキリ描かれないほど無個性な主人公のゲームもありましたが、そういうのは攻略対象が良くてもハマリにくかったです。

    私はBLでも男女カプでも受けが本命で、攻めは原作で接点がある上で自分と考え方が似ているキャラになりがちでした。攻めに自己投影していたかもしれないというのはこのためです。
    私自身は「受けが可愛い」の一心で描いていましたが、他の人からは「ヒロコさんは攻めの心理描写のほうが緻密だから、攻めが本命だと思ってた」とよく言われて驚いていました。

    現役時代はただ「自分が描きたいように描いていた」だけで、それが自己投影なのかとか、他の深層心理が絡んでいるのかとか、考えたことがありませんでした。後になってから深く考えてみるのは面白いですが、本当に、自分でもよく分からないことだらけですね。
    同人活動から離れてから、創作や妄想の真の奥深さに気付いたという感じです。

  3. 引退した者です より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。ご返信ありがとうございます。とても興味深く読みました。
    日頃からヒロコ1号さんの体験談がためになったり、考え方に共感したりしているのですが、キャラへの視点などは自分と全く異なるのだろうと思っていたので、意外と共通する部分があったり、似た経験もされていたことに驚きました。

    「BL好きで女性キャラを邪魔に思う人」もいるという話から、乙女ゲーマーにもヒロインアンチがいるなと思い出しました。
    私が見てきた女性のオタクは、だいたい「夢女子」「NL至上主義」「腐女子」「百合」
    に分類されると考えていましたが、夢女子でも腐女子でも、例えば女性キャラを邪魔に思うかどうかでも異なるし、自分自身もどれかに入るとは思えないので、実際はそんなに簡単に分類できるものでもないかも・・・と思いました。

    自己投影が云々という話は、現役時代にはなかなか聞けない話題だったので、とても有意義なお話を聞けたと感じています。オタク女子の間で「自己投影」というと、とかく悪い文脈で使われがちですが、私は悪いとか気持ち悪いとかではなく、創作や妄想をする際の人間の一面だと思っています。
    同人活動は楽しめればいいものですが、創作や妄想の奥深さに注目すると、実はかなり深い世界なのだと気付かされますね。引き続き自分でじっくり考えてみたいと思います。

  4. ヒロコ1号 より:

    >引退した者ですさん
    こんばんは。現役時代の私だったら、このような自己分析はきっとできませんでした。
    腐女子にも、男性キャラにしか興味が無い人もいれば、女性キャラも好きな人もいます。
    ですが、オタク界隈や腐女子のことをよく知らない人は「腐女子はみんな女性キャラを嫌っていて排除しようとする」というイメージを持っていることも多いです。

    ネット上などでは特に、大雑把に分類して極端なレッテルを貼る人がいますが、人の心はひとつとして同じものはありません。その人にしかない趣味嗜好を、他人が勝手に単純な分類で決めつけることはできないと、私は不惑を越えて気付きました。

    とは言え、引退など考えていないうちは、そんなことより推しの妄想のほうが大事なので、客観的な視点で考える人は少ないと思います。自己投影という言葉に抱くイメージも、自分が現役か引退後かで全然変わってきます。引退自体は残念なことで、自分が引退したほうが良かったとはやはり思いがたいのですが、新たな視点が増えたことは悪くないです。