同人活動の思い出/ネタパク疑惑がかかるかと過剰反応したけど取り越し苦労だった思い出

パクリと言えば、絵のトレパクや小説のコピペなどが挙げられますが、そういう分かりやすいパクリとはまた違う「ネタパク」の疑惑というものも存在します。トレスやコピペではないけど、テーマや展開が他の人の作品と似てしまった際に、その手の騒動が発生することがあります。

ですが結論から言いますと、二次創作の場合はよほど特殊な内容でない限り、ネタパクかどうかを判定するのは難しいのではないかと、私は考えています。

描いた本人が「パクられた!」と騒いでも、第三者から見れば「そこまでパクリか?」と感じるパターンも私は何度か見てきました。そもそも同じジャンルの同じカプに萌えている人なら、原作の解釈も似ていて同じような内容の話を思いついてもおかしくありません。

些細な共通点だけでパクリだと考えるのは、特に二次創作では無粋なことだと思います。
それは本当にそこまで独創的なネタなのか?そのジャンルが好きな人なら誰でも思いつくものではないのか?と、騒ぐ前に立ち止まって考えたほうが良いです。

私も一度、描いていた漫画の内容が、先に発表された同カプの大手さんの作品と被った(と思い込んだ)ことがあり、ツイッター(現在は退会済み)で「あ~私が今描いてる漫画、〇〇さんが今日ピクシブに投稿したのと被ってるかも~でもちゃんと私なりの解釈も入れてるしお蔵入りにはしたくないかも~(チラッチラッ」と騒いだ黒歴史があります。

そして、狙い通りフォロワー達に「ヒロコさんの漫画は個性的だから大丈夫!」とか「ぜひヒロコさんの解釈も読みたいです!」などと構ってもらい、イベントで無料配布本にして配りました。
イベント当日は、大手さんのファンらしき人達も(おそらく内容を確かめて本当にパクリなら叩くために)私の本を取っていきましたが、結局何事も起こりませんでした。

その漫画は後日ピクシブ(現在は退会済み)にも投稿し、大手さんには負けたけどそこそこ評価をもらえました。あれだけ騒いだのに、幸いにもそれに対してツッコんでくる人はいませんでした。

つまり「被ってるかも!」と騒いだことでカプ内の空気を不必要に悪くしてしまったけど、実際に出してみたらそこまで被ってなかったので何も言われなかったわけです。
私の主観で「被った」と思い込んでしまったけど、第三者から見ればそうでもなかったのです。
これが本当に誰が読んでも丸パクリに見えるものだったら、違う展開になっていたはずです。

冷静に振り返れば、私とその大手さんが描いた漫画のテーマは、取り扱いカプのファンなら誰でも思いつけそうなものでしたし、キャラの解釈もまったく同じではなかったので、変に騒がずに黙って発表すればよかったのです。判断は読んだ人に委ねればよかったのです。

これは2010年頃の話です。この話だけでも、現役時代の私のクソっぷりがよく分かります。
今の私が、同人もやめて打ち込める趣味も無く惨めなのは、昔の行いの罰なのかもしれません。

みなさんは私と違ってこのようなアホな行為はせず、礼儀正しく活動されていると思いますが、自意識過剰は本当にロクなことがありません。
王道路線の二次創作でネタパクがどうとか言うのは不毛かなというのが、私個人の結論です。

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コメント

  1. ななし より:

    はじめましてヒロコさん
    いつも記事読ませてもらっています

    私はパクリじゃないと思うよ!とか○○さんのパクリとか最低…でも○○さんが先にだしたやつだから堂々としてればいいよ!と宥める側をしたことがあります
    実際ちょっとネタ被ってるかもって思ったらとにかく被ってそうなシーンとかがすごく気になると思います…
    相手が見たらパクリと思うだろうか、やファンネル飛ばしてくるかな…とか

    でもけして自意識過剰などではなく
    少しでも身体の向きが同じだったらトレパク!(一切線が重ならないこともあるけどずらしたら重なるからトレパクらしい)とかタイトルやキャプションが同じだからネタパク!(小説や歌からの引用でも解釈が被ったらパクリ、最近は通話で話したネタをパクられたとかもあるから通話を録音する時代が来る?)そこから釈明したら言い訳、鍵をかけておとなしくしててもユダが「こいつ鍵かけてこんなこと呟いてますぜ旦那ァ」「こいつ過去にこんなこと呟いてますぜ旦那ァ」とでもいいたげに掲示板にスクショ投下…と絵師達が絵を描いてる水面下で次のパクリはまだかまだかと待つ特定班が存在し、パクリと彼らの中で断定されたら私刑…てことがあるのでヤバイなと感じたら保険を張っておいてもいいと思います(ダメだろうけど知らず知らずのうちにパクってた認定されるよりはまあ…)

    ほんとうにパクりパクられしてたらいい(よくないです)けど絵が重なるから、とかこの文言が同じだから、で今日明日その矢面に自らが立たされてもおかしくないって…恐ろしいですね

    だから被ってるかも~!私パクってないのにど~しよ~!って焦ってしまうのかなと思いました
    むしろ取り越し苦労だったくらいがいいのではと私は思います
    ゴタゴタしたけどパクりパクられはなかったんだ、とそれで終わりますから

    ……しかし、被ってるかも~連発なかまちょが昔のジャンルにいたんですけど、四回目辺りからほんとにパクってて、誘い受けをしておくことで保険張ってんのか?!と疑ってました(どっちだよって考えですみません)

    ここから自分語りになりますが、ジャンルでパク・ラレ騒ぎを見て(大手がパクったけど大手の方がネタの昇華上手いから無罪!って考えが気持ち悪かった)ツイなどで作品投稿するのは危険と感じSNsの一切をやめました

    そこからこのブログを発見し、今に至ります
    考えが同じというか共感できる記事の多さにただただ驚いています
    SNSをしてた頃、こういうのおかしいと思うけど周りは盛り上がってるからなあ…となあなあにしていたことも、おかしいって思う人私以外にもいたのか!と自分の考えに確信がもてました
    あと、私はネットに絵を載せてはいましたがオフ活動をしたことがなく、トラブルは付き物っぽいけどジャンルの仲良しとなら楽しそうと思ってんですけどそれでもやっぱ結構ドロドロ…と勉強にもなりました

    書いてるうちにいろいろ考えが出てきて長くなったり脱線してしまいました、すみません
    これからも応援しています

  2. ヒロコ1号 より:

    >ななしさん
    はじめまして。パクってなくても言いがかりをつけられやすい人は確かに存在します。
    言動にスキがあるというか「叩いてください」オーラを出してる人っていますよね。鍵をかけてもユダがいるなんてかなり恨みを買ってる部類なので、そういう人はパクリ以外にも叩かれる原因がありそうです。1人や2人に嫌われてる程度なら、そんな目には遭わないはずです。

    私は他人からそういう指摘をされたことが一度も無かったのに、自分から「被ってるかも」と騒いでしまったので本当にアホだったのですが、実際に出してみたらそんなに被ってなかったのと、相手の大手さんも賢い人で完全スルーしてくれたので何事も無く終わりました。

    同人のトラブルやおかしいと思うことについては、私は本来図太い性格なので大抵のことは我慢できました。でもツイッターで疲れ果てた時、本当に突然心が折れたのです。
    今の時代、同じような気持ちになる人も少なくないはずですが、そういう人は黙ってやめていくだけなので、周囲の人はその人の辛さや何故去ったのかも分からないままです。

    苦しんで去っていった人が誰にも顧みられないのは、とても悔しいことです。
    私は悔しくて黙っていられなかったのでブログを始めました。SNSで「何か変だな」と感じているのは、決して1人だけではありません。同じことを感じている人は必ずいるはずです。

  3. 匿名希望S より:

    とても興味深い記事でしたのでコメントさせて下さい。

    私はパクった側として数年に渡り糾弾され続けてきた過去があります。全く身に覚えがないのに、どうして楽しい筈の趣味が精神的不安定になって仕事を休む程追い詰められるのか…今となってはあまり思い出さないようにしてますが、当時関わった人間達の無責任さはとても怒りを感じます。イジメと同じなんだなと思いました。フォロワー数の多い方に追随して、友達と思ってた方から無視されたり…とても辛かったです。

    きっかけはツイッターで自分の感想が盗られたからだったらしいですが、見てないし、そんなに大事なものならそんなとこに流すなよと思います。しかも推しキャラをよく考えれば出てくるようなネタです。フォロワー数多い私が黒と言ってるんだと言い始めるので、フォロワー数って聖人度と同等に考えてるのかと気持ち悪くなりました。

    そういう事がありながらも、少ない友人達に支えられ活動を続けてきました。本来なら辞めてもおかしくない状況でしたが、やっていない事に怯えたくないし大好きだから描き続けたいと邁進してきました。今はツイッターをもう退会してますが、ぼちぼちブログは人が来ます。誰のネタも流れてこないし自由に創作が出来ますが、交流がなくなってしまい、それも寂しいです。

    人の和に入れば揉め事が起き、抜ければ孤独。

    どこに寂しさを埋めたらいいのか、まだ答えが見つかりません。

  4. ヒロコ1号 より:

    >匿名希望Sさん
    こんにちは。ネタパクの話でよく言われるのは「アイデアに著作権は無い」という考え方ですが、本当にパクられたくないネタなら「作品として仕上げるまで黙っている」ことが何故できないのか不思議です。それができれば、人のことを疑う必要も無いのですけどね。

    残念ですがツイッターでは、誰が何と言おうと「フォロワー数=人望」です。
    ツイートの内容よりも何よりも、一番最初に目に飛びこんでくるのはその数字だからです。
    中身を読んできちんと考えてくれる閲覧者なんて、一握り以下しかいないのです。
    私はそれに気付いた時、オタクどころか人間そのものが嫌になりました。

    ブログはカウンターでも付けない限りアクセス数は見えません。それでも来てくれる人は信頼に値すると考えて良いと思います。私はもはや交流を求めていないので、それについては寂しさも感じませんが、生きがいレベルの趣味を丸ごと無くしてしまったのは痛手です。