同人活動の思い出/ツイッターをやめてサイトに戻ってきた時に思ったこと

私はツイッターで同人活動というものにかなり絶望しましたが、ツイッターをやめた後も、同人活動はしばらく続けていました。2013年の春にツイッターをやめて個人サイトを再開し、同年の冬にピクシブも消して、2016年1月に最後のイベント参加をして引退しました。

ピクシブ以外のお絵描きSNSは、特に不快感を感じていなかったのでやめませんでした。
ツイッターをやめてから最後のイベント参加までの数年間は、私の同人人生の中で最もストレスの無い時間でした。なので、一応「終わり良ければすべて良し」と言えないこともありません。

ちなみに、サイトからピクシブ&ツイッターに移った時(2009年頃)の話は簡単です。

オフラインの同人誌ほどではありませんが、個人サイトもまた、作品を更新してから感想が来るまでの間にタイムラグがあります。ですが、生まれて初めてピクシブに投稿した時、投稿した次の瞬間から点数やブクマが付いていくのに感動し、あっという間に中毒になりました。
私と同じ理由でサイトを捨ててピクシブに移った人も、たくさんいると思います。

ただ、私はサイトのほうも放置せず、休止という形にしてメンテナンスをしていました。
おかげで、サイトに戻りたくなった時も比較的スムーズに再開することができました。

サイトに戻ってきた時に、特に印象深かったことを3つあげてみます。

◆印象深かったことその1:長い文章が書けなくなっていて怖かった◆

日記用のブログでジャンルの話をしようとしても、昔のような長文の萌え語りが書けず、なんだか細切れの文章しか書けなくなっていることに気付いて恐怖を感じました。数年間ツイッターを使い続けていたせいで、ツイッター的な文字数しか書けない脳になっていたのです。

サイトに戻ったばかりの頃は、ブログに2~3行の文章しか書けませんでした。
何度もブログを書くうちに、少しずつ長い文章が書けるようになっていきました。
その様子はまるで「私の知能を発達させる訓練の記録」みたいなものに見えました。
私の文章が元に戻って本当に良かったですし、元に戻るまで真面目に怖かったです。

◆印象深かったことその2:読者さんは付いてきてくれた◆

ツイッターもピクシブも、退会する1ヶ月ほど前に予告をしてからやめました。
そこでお別れになった人もいましたが、引き続きサイトに来てくれた人もたくさんいました。
移動先をきちんと案内して、活動を続けることをアピールしていれば、読者さんとの縁が切れることはありませんでした。ただ、このブログまで追いかけてきているかは知りません。

丁寧に案内しても見落とすような読者さんは、切ってもかまわないと思っています。
私の考えは「ツイッターをやめたら見てもらえなくなる」ではなく「ツイッターしか見てないような人は見なくて結構」です。本当に熱心な読者さんなら、SNSの外まで付いてきてくれます。

◆印象深かったことその3:サイトって本当に「家」なんだなと気付いた◆

大昔は、自分のサイトのことを「ホムペ」とか言ってる奴ダセエエェエェ( ゚д゚)とか思っていましたし、ネットマナーサイトで「サイトは管理人の家です!」みたいな言い方をしているのを見て「いや、そこまでプライベートな空間でもないだろ」とツッコんでました。

ですが、いろいろな爆弾が直撃してきたり、周囲の様子が気になって心が休まらないツイッターからサイトに戻ってみると、これはまさに「家」だと納得しました。
この感覚はサイトを持ったことがある人にしか分からないかもしれませんが、サイトは丈夫で身を守れる「家」感がすごいです。この時になって初めて、サイトの本当の有難さが分かりました。

こんな感じで、私はツイッターから脱出しました。そもそもサイトに対して「戻る」という言葉を自然に使っているあたり、サイトのほうが本来の居場所だと思っていたということですね。

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コメント

  1. パスモ より:

    いつも楽しく読んでいます。私もサイトを持っているので、今回の記事にとても共感しました。Twitterは爆弾が飛んでくるし他人のお祭り騒ぎが関係なくこちらにも聞こえてくるし、なんだか疲れてしまいますね。皆よく毎日やってられるなという感じであまり浮上もしないのですが、サイトのブログには高頻度で浮上して萌え語りしてます。ひろこ1号さんの言う通りサイトは丈夫で身を守れる「家」という感じがします。荒らしも居ないし喧騒もなく、地雷や解釈違いの作品を見せつけられることもなく心が平穏です。

  2. 匿名I より:

    こんにちは、ヒロコ1号さん。

    知り合いが、サイトを放置してツイッターしか更新しなくなったら、イベントの宣伝の文章ですら支離滅裂で意味がわからなくなっていたので、怖いな…と思いました。あの文を見て、その人の作品を欲しいと思う人はいるのだろうか…?と。

    私のジャンルはマイナーでサーチも稼働してないので、逆にピクシブを利用して作品を描き溜めているのですが、作品が一段落したら、作品を修正・訂正してサイトに綺麗に纏めてみようと思ってます。
    SNS系統は注目を集める分には便利ですが、再投稿できなかったり(または有料会員じゃないと再投稿できなかったり)するので、改めてサイトは何回も修正出来ていいと思います。しごく当たり前のことなんですけどね…。

    「ツイッターしか見てないような人は見なくて結構」でいいですよね。本当に作品を観ることが好きな人は、検索してサイトまで探しに来られますから。

  3. ヒロコ1号 より:

    >パスモさん
    こんにちは。ツイッターもサイトもネット上にあるものだし、誰でも見られるのは変わらないはずなのですが、ツイッターを経験した後だとサイトの安心感がすごくて驚きました。
    地雷や解釈違いの作品を描く人がいても、お互い別々のサイトで発表していればスルーしやすいけど、ツイッターでは不意打ちで見せられるので必要以上に憎しみが湧いてしまいます。

    最初は、ネットとはそういうものだと考えて我慢していましたが、そうだとしてもツイッターは酷すぎました。二次創作が好きな人は、基本的に自分の脳内世界を大切にしていると思いますので、常に他人の声が近くにあるツイッターは向いていないと思います。

  4. ヒロコ1号 より:

    >匿名Iさん
    こんにちは。ツイッターしか使わなくなり文章力がどんどん残念になっていく人は私もよく見かけましたが、まさか自分もここまで酷いことになっているとはと驚きました。
    ブログを続けると元に戻っていったというのもまた、面白くもあり怖くもありました。
    文章力低下の原因が、本当にツイッターだったということですからね。

    ツイッターでも考えて呟いてる人はいいけど、多くの人は脊髄反射な内容を誤字脱字も確認せずに垂れ流しています。そればかり続けていては、人に読んでもらうための文章が書けなくなるのは当然です。炎上している人の中にも、文章力の無さのせいで真意が伝わらず誤解されてる人もいるように思います。叩かれるほうも叩くほうも日本語が不自由でカオスです。

    サーチは、オールジャンルを扱っている総合サーチもありますし、私の倉庫サイトもそこに登録してますので、そういう所を利用するのも良いと思います(もう知ってたらすみません)
    サイトに作品を纏めて並べる作業は、大変でしたが楽しかったです。

  5. ふーりん より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。たくさんの記事、いつも楽しく読ませていただいてます。

    自分はサイトは持ったことはありませんが、無法地帯と化したツイッターをやめ、数字で力量を推し量られてしまうピクシブにも疲れてきた身として、とても共感しました。世に出回っているSNSって、手軽に利用できるが故に気軽に利用できなくなっているような場所になっているように思えます。そんな場所から来る毒になんで自分は侵されに行くんだろう、と今思い出すと我ながら不思議に思うことがあります。この記事を読んで、やはりリアルでもネットでも、「家」は必要だと思いました。

    自分は今、サイトの作り方を勉強しています。同人活動に向けての作品制作と平衡しながらになりますが、ゆくゆくは自分が活動の拠点として、そして安心できる家として使えるサイトの開設を目指していきたいと思います。

  6. ヒロコ1号 より:

    >ふーりんさん
    こんばんは。同人サイトは今は数が減りましたが、作るハードルは今のほうが低いです。
    昔よりも便利なサービスも多くありますので、作りたい人は作ってみてほしいです。

    SNSは下準備無しですぐに始められますし、WEBの知識が無くても使えるので、そのおかげで楽しめている人もいると思います。ですが「誰でも簡単に使える」せいで無法地帯にもなってしまいます。昔のサイト管理人にも痛々しい人は結構いましたが、自分でサイトを作れている時点で、あれでも選ばれし者だったのかもしれないと今は思います。

    SNSが「気軽そうに見えて実は気軽ではない」と分かってくると、もうやめ時のような気がします。それでも無理に続けると、私のようになってしまいます。サイトでは、SNSのような違和感を感じたことはありませんでした。ふーりんさんのサイト開設も応援しています。