同人活動の思い出/ツイッターやその他のSNSにおける数字の錯覚について

ツイッターで疲れる理由はいろいろありますが、その中でも「フォロワー数やいいね数などを他の人と比べてしまってツライ」という人はなかなか多いようです。
これは、他の人のツイートにイライラするのとは違って「嫉妬している自分のほうが悪い」と感じてしまい「相手のせいにできない」ことが、苦しみに拍車をかけているのです。

ツイッター以外のSNS(ピクシブ・インスタ・フェイスブック等)でも同じことが言えますが、ここではツイッターの同人アカウントの話をします。

まず最初に、知らない人がいたら知ってほしいのですが、フォロワーはお金で買えます。
「SNS」「フォロワー」「購入」とでも検索してみてください。
フォロワーだけでなく、いいねやリツイートの数も買うことができます。同人アカウントでそこまでする人はいないと思いたいけど、一応そういうことも可能であると書いておきます。

それに、そこまではしなくても「たまたま大手にリツイートされた」とか「たまたま旬の話題に便乗した」とか「たまたま大炎上した」なんて理由でも、数字は簡単に増えます。
もちろん、それはきちんとした評価として増えているのではなく、その時の一瞬の気分で拡散されているだけです。拡散した人たちは次の日には何もかも忘れています。

このように、恐ろしいほど根拠の無い数字なのに、作り手も閲覧者も数字が絶対のように考えてしまいがちです。試しに、私が昔描いた悪魔ほむらちゃんの下にこんな数字を付けてみましょう。

これだと「普通にヘタクソなだけ」とスルーされると思います。
では、以下のようにすればどうでしょうか?

「もしかして大手なのかな?擦り寄っておいたほうがいいかな?」
「ヘタだけど公式関係者とか商業作家なのかな?なら私も評価しようかな?」

みたいな印象になりませんか?その結果、前者の数字はそのまま増えることはなく、後者の数字は無意味に上乗せされて、さらに差が開いていく可能性が高いです。これに気付いてしまうとちょっと怖いですね!…というか、こんなことはすでに分かっている人も多いでしょう。

数字が出るSNSでは、作品そのものよりも評価数が先に目に入り、作品を見るより先にその数字で無意識に良し悪しを判断してしまう可能性があります。
かなり強い意志を持って閲覧していないと、けっこう簡単に釣られてしまいます。

昔の私は、自分や他の人の作品の評価数はすべて正当なものだと信じていました。
みんなが本当に良いと思って評価してくれたと信じていたから、ストレスがあってもツイッターを続けていました。でもその信頼が壊れた途端、すべてがどうでもよくなりました。

普通、評価をもらったら「嬉しい、ありがたい」と感じるはずが「は?お前らの評価なんか信じられんわバカにすんなクソして寝ろ!」としか思えなくなったのです。励みになるはずの評価をまともに受け取れない精神状態になった私の絶望感を、どうか想像していただければと思います。

こんなに虚しいことなのに、それでも数字を真に受ける作り手は多くて、酷い場合は誰にも何も言われてないのに「自分はダメなんだ」と思い込んで勝手に消えていきます。
傍から見れば充分多い評価をもらっている人でも、もっと多い人に嫉妬して苦しみます。
本当かどうか分からない数字のせいで、あちこちで殴り合いが起こっています。

そんな争いは水面下だけでやればいいし昔はそうしていたのに、今は関係ない部外者も含めたみんなが見ている前での公開戦闘です。コロッセオでしょうか?
まあ見世物としては面白いでしょうね。私も若くて元気だった頃ならそこそこ闘えました。

昔の私は、数字で一喜一憂するのも同人の醍醐味と考えていましたが、燃え尽きた後はこのザマですので、他の人にはできるだけ早く悟ってほしいかなあと思っています。

まず、SNSの数字は本当の価値を表すものではないことを念頭に置き、それでもやっぱりツライのであれば、数字が丸見えにならない場所で活動すればいいだけです。
あなたは自ジャンルが好きなのか、根拠の無い数字が好きなのか、よく考えてみてください。

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コメント

  1. 葉っぱ より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。
    数字で優劣をつける感覚に毒されてしまうのは、本当に恐ろしいことですよね。
    私の場合はピクシブのほうでしたが、活動当時はかなりのストレスだった記憶があります。
    私の同人友達の一人は、ジャンル内で目立つグループと対立したことで、本人には納得のいく評価がもらえなかったらしく、相手を数字で倒したい(自分が大手になって周囲を見返したい)という、変な方向に走ってしまいました。
    友人自身も、おかしな方向に行きかけていると気づいてSNSをやめたのですが、前回の記事にもありましたけど、サイトってSNSのようにリアルタイムで見てはもらえませんので、「サイトにアップしてもすぐ反応が来ない」「だから自分はいらない書き手」という具合にネガティブになってしまいました。
    せっかくSNSをやめても、SNSで「当たり前」だったことを引きずり過ぎてしまったのでしょうね。
    そして、私も友人の感覚についていけず、彼女自身が嫌いというわけでもなかったけれど、つきあい続けることが難しくなったので疎遠になりました。
    せっかくSNSをやめても、そこでの感覚を引きずり続けてしまうのは悲劇だなあと思ったものです。
    一度身についてしまった感覚から抜け出すのは簡単ではないのかもしれませんが、やっとSNSから離れられた人たちには、数字に踊らされずに活動できていた時の気持ちを、なるべく早く取り戻せるよう祈ってやみません。

  2. ヒロコ1号 より:

    >葉っぱさん
    こんばんは。昔だってサイトのカウンターの数や掲示板の書き込みの数など、数字での争いは普通にあったので、最初はSNSの数字もそれらと同じようなものだと思っていました。
    同じようなものだと思っていたから、すぐには弊害に気付けませんでした。実際は昔のものとは明らかに性質が違っていて、ただの一喜一憂ではなく本当に人を狂わせるものでした。

    恥ずかしながら、私も気に入らない相手に対して「こいつより高評価を取ってやる」という思いで作品を描いたことが何度かあります。それで勝ったことも負けたこともありましたが、元気なうちはそれも創作意欲に結びついていて、必死で描いている間は気分がハイになってとても楽しかったです。今振り返ると自分のアホさ加減に絶望しかありません。

    ですが、SNSをやめてそのコミュニティとは無関係になれば、純粋な創作意欲だけで作品を描けるようになりました。それから同人を引退するまでの数年間はとても自由でした。

    そもそもSNSに囚われている人は、SNSをやめること自体が非常に困難です。
    そんな中で、葉っぱさんのご友人はせっかくSNSをやめるところまで漕ぎつけたのに、その後もSNSをやっていた頃と同じ固定観念を捨てきれなかったのが残念でなりません。

    なんとか「限界を迎える」以外の方法で、苦しみから抜け出せないものかと思います。
    私は「1度死んだ」みたいな感覚の後ラクになりましたので、それ以外でなんとか。

  3. メモ帳 より:

    ヒロコ1号さん、こんにちは。

    数字が見えるって本当に恐ろしいですよね..。
    ツイッターで評価が貰えなくて消えていきそうな方々に私は言いたいです、「あの人は投稿頻度が高い上にすこぶる交流が上手いから点数を貰えてるだけで絵や小説の上手さは他の方とあまり変わりませんよ」と。

    数字欲しさに雑に仕上げたネタ絵を高速でツイッターに上げたり、逆に数字が貰えるとわかれば投稿する絵もバストアップばかりだったり線を整えていない状態のらくがき程度の物だったり…。。あれぐらい手を抜いても(大変失礼な言い方ですが)評価が貰えるのだから、作者の方も完成させない癖がついてピクシブなどに上げるまとめ絵もそれらばかりになってしまって悲しくなってこっそりピクシブのフォローを外したことがあります。
    (..バストアップ絵は全て悪みたいな言い方をしましたが、必ずしもそうではありません)
    ツイッターに対するどす黒い愚痴コメントになってしまい申し訳ありません。

  4. ヒロコ1号 より:

    >メモ帳さん
    こんにちは。おお、それは…現役時代に「画力は底辺なのに投稿ペースが早くて同カプの人と積極的に絡んでいたおかげで実力以上の評価をもらえていた」私には心の痛い話です。
    ですがまったくその通りです。SNSで受けやすいネタや絵柄というのもありますし、ジャンルやカプにもよりますし、同じ作品でも出す時期によって評価は大きく変わったりします。

    でもなぜか「SNSの評価=純粋な実力の評価」だと勘違いしている人は多いです。
    そしてさらに「SNSで評価されない=他の場所でも価値無し」とも思い込んでいます。

    ツイッターやピクシブが合わないなら、もっと数字が目立たないSNSもありますし、今も現役でサイトやブログを運営されている人もたくさんいます。ツイッターやピクシブに疑問を感じてすぐに移動している人もいるのに、やめろとアドバイスされても文句を言いながらしがみついているのは、もうどうにもできません。まあ本人の勝手なのですが。

    メモ帳さんの愚痴はよく分かります。評価が正しいものならともかく、デタラメな数字を多くの人が本気にしていることが大問題だと思います。数字目当てで絵が荒れてしまった人も、いつか目が覚めた時に後悔するのかもしれませんが、今は見守るしかありません。

  5. 匿名I より:

    こんにちは、ヒロコ1号さん。

    数字至上主義は、他人に認めてもらえる作品でなければ創作をやめてしまうという人を増やしてしまうだけですよね。もったいないな〜と思います。他人に媚びた作品はつまらないですし。
    私はまだpixivを使ってますが、数字は昔ほど気にならなくなりました。シリーズものを描いてますが、完結までマイペースにやっていこうかと思います。

  6. ヒロコ1号 より:

    >匿名Iさん
    こんにちは。評価が欲しいという気持ち自体は悪くないのですが、その一心だけで作品を作るのはどうかと思っています。私は長年「自分の好きなものを描く。ついでに評価ももらえたら嬉しい。評価がもらえなかったとしても描いてて楽しかったからいい」という気持ちで活動してましたし、そういう人が一番多いと信じてました。

    SNSで異常に悲観的になる人は、評価以外の楽しみが無いように見えます。評価だけが目的で描くこと自体を楽しんでいないのが、閲覧者にも伝わってしまっているような気がします。

    ピクシブは、昔の10段階評価から「いいね!」機能に変わっただけでもかなりマシになったのではないかと思います。今のピクシブの雰囲気は私には分かりませんが、昔よりは騒ぎも無くなって落ち着いてきているのでしょうか。ツイッターもいつかそうなればいいですね。

  7. Yukina より:

    ヒロコ1号さん、はじめまして。以前からこっそり此方のブログを楽しく読ませていただいております。
    数字の力は計り知れないものですよね。たとえどんな作り物や義理の数字であろうと多ければ多いほどその投稿されたものが光り輝いて見えてしまいそうになりますから…本当に危ないです。

    話は変わりますが私は趣味でイラストを描いています。そして描いたイラストをPixivやTwitterに度々投稿していましたが、今はどちらも退会済みです。
    >それでも数字を真に受ける作り手は多くて、酷い場合は誰にも何も言われてないのに「自分はダメなんだ」と思い込んで勝手に消えていきます。…まさに昔の私の状態で、SNSをやめる原因はほぼそれでした。今思うとあまりにも数字をネガティブに捉え過ぎだったなと。

    自分よりも評価されている他の人と比較してはとても落ち込んだり、評価欲しさにろくに完成させようとせずに雑なイラストを投稿してしまったり…。本当に馬鹿馬鹿しいことをしていましたし数字に振り回され過ぎていました。何だか愚痴みたいなコメントになってしまいすみません。

    この手の数字が見えてしまう場所は、本当に全く評価が気にならない人なら楽しめそうだなと感じました。

  8. ヒロコ1号 より:

    >Yukinaさん
    はじめまして。数字が見えるSNSは、利用している人全員が「描く側は数字を気にしすぎず楽しむことを優先する」「見る側も数字に惑わされず自分の意思で判断する」ということができれば良いのですが、残念ながら人類はまだそのステージには到達できていません。

    SNSを使っている人で数字をまったく気にしない人はほぼ居ないと思いますが、普通に一喜一憂するだけなら別にかまいません。それに、他の人より少なくても1回でも評価がもらえれば嬉しいという人もいるので、自分が満足できているなら問題ありません。

    でもたまに「もうやめたほうがいいのかな…」「私は要らない子なのかな…」などと何度も呟いて、もはや作品以前の問題で誰も近寄らなくなっている人もいます。好きな作品で同人活動をしているはずなのに、ジャンル愛やキャラ愛はどこに置いてきたのかと悲しくなります。

    もしかして同人の世界は、私が思うよりも数字「だけ」が目当ての人が多いのかな?…と考え出した時に、私の中で何かが壊れた気がして、そのきっかけになったのがツイッター等のSNSで、その後は本当に踏んだり蹴ったりでした。私の記事こそ愚痴のかたまりで申し訳ありませんが、少しでも共感していただけるところがあれば幸いです。