同人活動の思い出/SNS登場以前の穏やかな交流の思い出

私は若い頃は、交流厨というほどでもなく、かと言って引きこもりでもなく、ほどよく楽しい交流をしていました。この時の交流は楽しかったという記憶があったせいで、同じノリでツイッターにも突撃してしまったのが運の尽きでした。

ツイッターのせいで、ツイッターをやる前から交流していた人たちとも、完全に縁が切れました。
ジャンルが変わっても10年以上仲良くしていた人も、毎年年賀状のやり取りをしていた人も、ツイッターで嫌な面が丸見えになって、すれ違って口論になったりして、最後には憎しみしか残りませんでした。わりと冗談ではなく「全部ツイッターのせい」です。

なので、ツイッターが登場する前にジャンル移動などで自然に縁が切れた人のことは、今でも美しい思い出として記憶されていることが多いです。

もちろん、ツイッターとか関係なく「こいつは孫の代まで呪われろ」と思った例外もいます。
美しい記憶よりもそういう呪いの記憶のほうがしっかりと脳内に焼き付いているわけですが、今回はがんばって美しい記憶を取り出してみます。とても大変な作業です。

まだ同人サイトが全盛期だった頃、サイトを通じて知り合った同カプの人がいました。
たまたま家が近いことが分かったので、数ヶ月に1度、直接会うようになりました。
相手は私より年上で、とてもきれいな絵を描く人でした。

食事をしながら自カプの話をしたり、自ジャンルが映画化すれば一緒に見に行ったりしました。
ですが、やがて相手の私生活が忙しくなり、私も次のジャンルに移動しかけて、お互いのサイトの更新が滞りはじめた頃から、なんとなく会わなくなり交流も途絶えました。

当時は少し残念だと思っていましたが、今はあれで良かったと思っています。
もしも交流が続いていて、一緒にツイッターアカウントを取るなんてことになっていたら、これも嫌な思い出で終わっていたことでしょう。最後がキレイなことはとても大事です。

良い思い出のまま終われたのは、SNSが無くて必要以上の情報が入ってこなかったからです。

普段はお互いのサイトをひたすら更新し、どちらもサイト上でプライベートの話はしない。
直接会うのは数ヶ月に1度で、プライベートの話はほとんどせず自ジャンルや2次元の話をする。
数少ない会話の機会を楽しみにしながら、必要以上の連絡は取らない。

この、とてものんびりした交流の中で、濃い自カプ語りに集中するのがとても楽しかったです。
この交流が長続きしたのは、キャラやカプの解釈が近かったおかげもあると思いますが、もしもこのまま一緒にツイッターを始めていたら、お互い大嫌いになって別れていたと思います。

だって、この人以外の人で、同カプで、キャラやカプの解釈も近くて、サイトの掲示板では仲良く交流できていた人も、ツイッターを始めたら大嫌いになりましたからね(・∀・)

このように、ツイッターマジックによるイメージダウンが無かった人は、今も「良い人」として私の記憶の中に残っています。でも、私は一定期間ツイッターをやっていたので、そのせいで今も、別れた誰かから死ぬほど嫌われている可能性があるわけです。何だかドキドキしますね!

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コメント

  1. 匿名I より:

    こんばんは、ヒロコ1号さん。

    私はぴくしぶ一本なんですが、その時に仲良くしていた方が続々ツイッターにいってしまってから、相手の本性が分かって幻滅したり、相手がツイッターに籠りっきりになって関係が消滅してしまったりで、ツイッターがますます嫌いになりました。
    ツイッターはROMの方の人がどんな方なのが分かるのも苦手でした。
    それまで作品は「せっかく描いたから同じジャンルが好きな人にガンガン見てほしい!」と思ってましたが、ツイッターで暴き出される、閲覧者の人となりが分かるようになると「こんな人達には見せたくない…」と次第に思うようになり、今は作品はマイピク限定のみにしてます。マイピク申請してくる方は、ツイッターをやってらっしゃらない方ばっかりでホッとしました。
    どんな付き合いでも距離感って大事だとは思うのですが、ツイッターはその点ヤバいですね。距離感が分かってない方が使うと危険なツールですね。

  2. ヒロコ1号 より:

    >匿名Iさん
    こんばんは。距離感の大切さについては、恥ずかしながらツイッターを使ってみて初めて気付きました。気付いた時には完全に手遅れでしたが…

    昔は同ジャンルの人と話をする機会が本当に少なかったので、奇跡的に会えた時は「もっと話したい」と思ったものです。そこへ登場したツイッターは、いつでも同ジャンルの人と話ができる夢のようなツールに見えました。当時の自分の愚かさにとても後悔しています。

    おっしゃる通り、描き手だけでなく読み専の嫌なところもたくさん見えるので、作品を見てもらうことに昔ほど喜びを感じなくなりました。ツイッターをしていない人は表向きには存在が見えにくいけど、だからこそボロも出ないので気持ちよくやり取りできます。

    不思議なことに、ツイッターの呟きはイライラするのに、実際に会ってみたらそんなに嫌な人ではなかったというパターンもかなりありました。ですが、普段いつも見ることになるのはツイッター上の相手なので、直接会う機会も無いまま嫌いになった人がとても多いです。

    ツイッターは、相手を嫌いになり自分も嫌われるツールとして優秀すぎます。

  3. 葉っぱ より:

    ヒロコ1号さん、こんばんは。
    ツイッターのせいで、見えなくてもいい部分が見えてしまうのは本当に残念ですね。
    私はツイッターをやっていた頃は、TLをほとんど見ていなかったのもありますが、見ていた範囲でそう痛い発言をしていなかった人は、大嫌いとまではなりませんでした。
    けれど、この前も話題にされていた無断転載を平気でしている人、下品な内容やどぎつい下ネタをアカウント名にしている人などと相互フォローになっているのを見ると、本人はなにも痛い発言をしていなくても、何故、こんな人と平気でつながっているのだろう?と不信感を持ってしまったものでした。
    そういう意味では、ツイッターにいる人とは以前と比べて心に距離が出来てしまったように思います。
    ツイッターは情報収集のためにアカウントを取得して、なにもつぶやかず、誰もフォローしないという使い方をしていた知人もいましたが、今となってはそれが賢い利用方法だったとつくづく感じます。

  4. ヒロコ1号 より:

    >葉っぱさん
    こんばんは。結局、ツイッターをしていても印象が悪くならなかったのは「ツイッターをあまり使ってなかった人」でしたので、もうやるだけで害悪というイメージしかありません。

    そうなんです。本人のツイートは特に問題無くても、痛いツイートをしている人とつながっていることが分かると「こんな人とつながっていて平気な人なのか」と落胆します。

    まあこれは「フォローしている=相手を100%肯定している」と考えてしまう私にも問題があるのかもしれませんが、実際に肯定していてもイヤだし、付き合いで仕方なくつながっているとしても、そんな事情は見ている側には分かりません。外野からは「痛い人と相互フォローしている人=この人も痛い」と思われるだけで、何の得にもなりません。

    TLをほとんど見ていなかったのは、本当に正解だと思います。
    私は交流のため、TLを見まくるつもりで始めてしまったので、ひどい目に遭いました。