同人活動の思い出/自分の嗜好は自分だけのもので真の同士とか存在しない

特定の作品やキャラにハマると「同じものが好きな人と語り合いたい!」という欲求が湧き起こるものです。私はもうそんなの湧き起こらないけど、普通は湧き起こる人のほうが多いと思います。

ちなみに、この記事で言う「同士」とは、単に同じ作品が好きな人のことではなく、二次創作脳によるキャラ解釈やカップリング解釈がピッタリ合う人という意味です。

もしも自分が特定のカップリングにハマって、ツイッターなどで同士を探すとして…

〇〇×□□のカップリングが好きな人

これだけなら「私も同じカプが好きです!」という人はいると思います。でも…

基本は〇〇×□□だけど、エロが無ければ逆カプっぽくてもいいし、本編基準ならあまりイチャイチャしすぎないほうがいいけど、パラレルなら気にせずラブラブでいて欲しい。それはそれとして〇〇×△△も別腹で好き。そこに▽▽も絡んで親子ネタとかも萌える。

これだと、完全一致する人はまずいないと思います。固定と雑食の違いなどという単純な問題ではありません。こういう嗜好は、本当にひとりひとり、DNAの如く違うはずです。

ですが、実はここが一致しないと、ツイッターでフォローし合ってもいずれは破綻します。
お互いに「このキャラはこういうことをしそう」とか「このカップリングの関係性はこういうものだと思う」と主張しているうちに、微妙な解釈のズレが分かってきてお互いにストレスを抱えるようになり、それがいずれ爆発すると大変なことになります。

最初は楽しくても最後は呪いに染まる!まるでソウルジェムのような同人ツイッター!
相手のツイートを真面目に読めば読むほど、自分の怒りは膨らんでいきます。
つまりフォローしても真面目に読まなければラクなのですが…それってやる意味ありますか?

ちなみに昔だって、そういうひとりひとりの嗜好のズレはあったはずですが、今みたいに地雷という言葉は無かったし、多少解釈が違っても同カプなら相手を無下に扱うことはありませんでした。
近年聞くようになった「同担拒否」なんて言葉も、昔はありませんでした。
そういう心の動きはあったかもしれないけど、表には出てきていませんでした。

あ、私の言う「昔」とは1990年代とかのことです(・ω・)

ともかく、完全な同士なんて本当はいないのだけど、それでもSNSが無かった時代は、表向きだけでも波風を立てずに済んでいた場合が多かったです。
でも今のツイッターの仕組みでは、嗜好が違えばいずれ決裂するしかなくて「同ジャンルの人とは逆に交流しないほうがいいのでは?」なんて考え方も出てくるようになりました。

そして今の私も、むやみに同ジャンルの人と絡まないほうがいいかもという考えになりました。

ネット上をくまなく探しても同カプの人が見つからないというドマイナーな嗜好の人も、今は寂しいかもしれないけど、後から考えれば見つからないほうがマシだったと思うかもしれません。
なので、他の人のことは気にせずに、自分の好きなものを愛でればいいと思います。

もしも万が一、私が同人活動に復帰することがあったとしても、昔と同じように同カプの人と交流がしたいかと言うと、それはもうおそらく無いと断言できます。
本当はこれって、同人活動の楽しみを半分失ったようなものなのですけどね(´・ω・`)

スポンサーリンク

当ブログは JSNレンタルサーバー で運営しています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. むら より:

    こんにちは。自分もこのあたりがひっかかりだして交流がめんどくさくなってしまった人間なんですが、サイト時代はなんとなくあわないなーと感じたらスルーできていたのに、SNSが流行りだしてから全体的にスルーが難しくなってしまったように感じて(自分も含めて)、残念に感じます。

    同じ画面でまったく別々の自己主張をしてしまえる場所にいることの弊害かもしれないんですが…
    同人は共有してもらって完成するところも大きいと感じるので、好きなものが似ている人との交流がないのは同人活動の楽しみを半分失ったようなもの、というのもなんだかわかります。
    個性を発表する場所にSNSを使うって、本当はみんな複雑で難しいことをしているのかもしれないですね。
    対抗カプや地雷アピールなどのように、今の過剰に苦手を主張して叩き出そうとする風潮も、同時に同じ分楽しい共有を減らしていってしまっている感じがして自分は苦手だなあと思いながら読ませていただきました。

  2. ヒロコ1号 より:

    >むらさん
    コメントありがとうございます。個人サイトは苦手な作風なら見に行かないという選択が簡単にできるので、そこまでストレスを溜め込まずに済んだのではないかと思います。

    むらさんの仰る通り、SNSは同じ画面にリアルタイムで違う主張が並ぶので、常にお互いを攻撃しあっているようなものです。地雷アピールも、アピールしておかないとウッカリ見せられてしまうので、黙っているわけにもいかないのだと思います。

    昔、同人交流のためにツイッターを始めたばかりの頃は、掲示板やメールよりも手軽に萌え語りができてとても楽しいと思っていました。でも使っていくうちに、だんだん今回の記事で述べたようなことに気付いてきました。それでも、一度交流を持った人たちをすぐに切り捨てることができなくて、ズルズルと続けてしまいました。

    その後限界が来て、同人のために作ったアカウントも、同じジャンルの人たちとの縁も全滅しました。SNSが出てくる以前から交流があった人たちとも、SNSでイヤな部分が見えてすべて縁を切ってしまいました。最後にギリギリ残ったのは、ジャンルへの愛と創作意欲のみでした。
    なので、その後数年は1人で同人活動を続けましたが、共有はもうする気になれないし、せっかく好意的な感想をもらっても返事もできなくなってしまった自分がつらかったです。

    昔は適度な距離があったおかげで、少しくらい好みが違う人とも、萌えの共有ができていたと思うのです。交流の距離感に関しては、昔のほうが良かったと言わざるを得ません。

  3. むら より:

    ご丁寧なご返信ありがとうございました。

    自分も昔は楽しく交流を持てていた人たちがいたのですが、ツイッターを始めてからことごとく苦手になってしまいました。
    同ジャンルの人からの褒め言葉がお世辞に見えるようになってしまい、ただ本人が気持ちいい空間を維持したいがために自分をよいしょしてるだけなんじゃない?と素直に受け入れられなくなってしまった経験があるので(いろいろ考えすぎなところもありますが、大勢のいる場で感想を言うことで好意的な人という自分像も一緒に全体にアピールできてしまいますし……昔はサイトで一対一のやり取りだったから特別感もあって嬉しく感じたのかもしれないですね)、返信を読んで、同じような経緯をたどられている方がいるということに、変な話ですが少しほっとしました。しばらくの間切れずにズルズル続けてしまったというところも…。

    >アピールしておかないとウッカリ見せられてしまうので、黙っているわけにもいかない
    地雷は、見ている側にはしつこくも感じますが本当にそうですよね。書かないと攻撃されるし、書いたら攻撃されるし……今の交流って一時回避できるような余裕のある場所がなくて、どっちにしてもストレス溜まってしまって大変です。人って好きな情報だけを振り分けできるほど器用じゃないんでしょうね。
    適度な距離って本当に大事だなと感じます。現在は引退とのことですが、ヒロコ1号さんもいろいろとお疲れ様でした。長々と失礼いたしました。

  4. 葉っぱ より:

    今回の記事はとても考えさせられました。
    自分は、例えばCPなら攻受が固定といったような自分なりの条件が一致していれば、人それぞれのCP解釈を楽しめる口なのですが、それでもSNSは疲れてしまいました。人によっては嗜好や主張がいきなり真逆になったり、流行っているネタや書き手さんに追従したり…サイト時代にもあったことですが、SNSだとより目につきやすいのもあるのでしょうね。また、解釈のマウント合戦になったり。
    以前の記事で、ヒロコ1号さんが「うちの○○(キャラ)」という呼び方について書いていらっしゃいましたが、同じ場所に作品も萌え語りも並んでしまうSNSでは、「うちの○○」「××さんとこの○○」みたいに、マイペースにキャラやCPを愛でるのが難しいのかな?とも思ったりしました。
    地雷アピールは自分も悩んだ経験があって、プロフに固定と書いていただでは、リプで逆のCPの話題を振られて困ってしまったり(しかもうかつに返事すると、そのCPをディスってるみたいに取られかねない内容で)、静かに棲み分けしたい自分にはSNSは向いていないなと感じてやめるきっかけになったものでした。
    今はサイトでマイペースにやっていますが、距離感というものについては色々考えさせられますね。

    話は変わりますが、自分もローソンが近所にあるので、スイーツの記事はこういうお菓子があるのか!と知るきっかけになっています。これからも楽しみにしております。

  5. ヒロコ1号 より:

    >むらさん
    そうです。私もむらさんとまったく同じ理由で、褒められても嬉しくなくなってしまって、ツイッターではない一対一のメールでも、そこまで喜べなくなってしまいました。
    交流をやめた後の同人活動は、しがらみが無くなって気分が軽くなり、それは良かったと思うし感想自体も嬉しかったけど、昔のようにノリの良い返信はできなくなりました。

    ツイッターで印象が悪くなる人は大勢いるのに、逆のパターンはまず無いというのがすごいですよね。なので私自身も、他の人から見てイヤな奴だったのだと思います。
    あそこで必要以上に会話をしてしまうと、自分も嫌われて、周りの人も嫌いになります。

    SNSでなければ普通に避けて終われる地雷を、SNSでは無理やり何度も踏まされるので、過敏になるのは当たり前だと思います。ミュート機能はきちんと働かないし、自分がフォローしなくても他の人がリツイートしてきます。地獄かと思いました。私は年齢のこともあり、もう引退でかまいませんが、まだ活動を続けたい人は大変ですね。

  6. ヒロコ1号 より:

    >葉っぱさん
    本来は、自分の解釈以外は絶対に認められないという人は稀で、他人の解釈でもアリだと思えるものもあって、認め合える部分が多い人と交流するものだと思うのです。でも今は、葉っぱさんの仰る通り、突然主張が変わったり、多数派に追従する人が昔よりもさらに多くて、好き嫌いを判断する以前に、相手が言っていること自体を信用するのが難しい気がします。

    昔は、自分と好みが合わない人でも、それを一貫して変えずにいるから「自分とは合わないけど、この人はこれが好きなのだな」と思えました。今のSNSは、昨日どころか数分前と言ってることが違う人がいて、画面の向こうにいるのは本当に人間なのかと疑わしくなります。

    SNSは他人との距離が近くて、思いついたことを推敲なしですぐに書き込めてしまいます。
    周囲に流されやすい人は言うことがコロコロ変わるし、その場の気分でとんでもない失言をします(書き込む前に考えないのでしょうか)マウント合戦も、売り言葉に買い言葉で、すぐに言い返さないと負けたような気になってしまうからエスカレートするのです。

    地雷回避についても、プロフなんて読まない人もいますし、プロフに固定と書いてる人に逆カプの話題を振るのは、相手が何も考えていない証拠だと思います。SNSはそんないいかげんな人が多すぎるのです。私は無理に続けて失敗してしまいましたが、もっと早く見切りをつけてやめていった人もいました。私もそうしていれば良かったです。

    スイーツの記事は他にネタが無い時の穴埋め的な感じで、気楽に書いています(・∀・)
    話題にできそうな商品を見つけたら、また書いていきますのでよろしくお願いします。

  7. 葉っぱ より:

    ヒロコ1号さんからいただいた御返信、どれも「うんうん」と頷くことばかりでした。本当にSNSは人を信用するのが難しい環境ですよね。
    書いていて気づきましたが、私はまだ他者の創作を見たい気持ちはあるものの、SNSを使わないので結局数年単位でほとんど見ていない状態です。
    SNSでは作品を純粋に楽しめなくて、評価やブクマなどの差や、タグでのおふざけなど、なにか向こう側に透けて見えるもの(マウントとか)が嫌なのだと思います。地雷との棲み分けも難しいですよね。
    ツイッターのマウント合戦も、誰かが流行らせた設定が雪玉のように膨れ上がっていくので、「××さんちの○○(キャラ)」どころでなく、それが定番化していくのに抵抗しようと、解釈が違う側の「作品で殴る」という行為につながってしまうのでしょうね。(自分にも多少覚えがあります。)
    同人ではないイラストサイトさんのブログでも、ピクシブ・ツイッター等のSNSは活動する上で健全な環境ではなかったと書かれていたのも読んだのですが、創作全般の趣味に、SNSはそぐわない場所なんじゃないかと、しみじみ思います。
    今回の記事やヒロコ1号さんのレスで、自分でも気持ちを振り返るきっかけになりました。ありがとうございます。

    ローソンのプレミアムシュークリーム、すごくおいしそうでしたが、限定販売とは残念。次に似たようなお菓子を見つけたら買いたいと思いました。

  8. ヒロコ1号 より:

    >葉っぱさん
    私がツイッターを始めたばかりの頃、すでに「自分には合わない」と言ってやめていった人たちが何人かいました。でも私は、少なくとも最初は「反応がすぐに返ってきて楽しい」と思っていたので、やめる人たちの気持ちが分からなくて、寂しいと思っていました。

    ピクシブも、評価やブクマをそこそこもらえていると、自分がジャンルの中である程度の地位を得ているような気分になって、最初は弊害に気付けませんでした。今では心底気持ち悪いと思っていますが「なにこれかわいい」みたいなタグも付けられて喜んでいました。

    他の人の作品も、好みじゃなくても知り合いの作品だから感想言わなきゃと思って見ることもありましたが、それが苦痛とまでは思っていませんでした(今思えば心が汚すぎてヒドイ)
    私自身も承認欲求の強い痛々しい人間でしたが、時間が経つにつれてSNSで感じる不快感は大きくなってきて、いろんなことが少しずつ積み重なって、一気に爆発したのだと思います。

    正直、初期の段階でやめた人のほうが100万倍賢いですし、私の今の状態はすべて自業自得です。SNSは創作活動と相性が悪いなんて、分かっている人はとっくに分かっていたのに。
    他の人の作品は、知り合いじゃなければまだ落ち着いて見られるかもしれません。

    ローソンのプレミアムシュークリームは、プレミアムフライデーにちなんで月末の金曜日に毎回違う商品が販売されるようです…が、毎月やっているのかは不明です(´・ω・`)

  9. be-bear より:

    お久しぶりにコメさせていだだきます。
    今回の記事を読んでこのことだったのかと気づかされました。
    以前のコメに含まれた内容なんですけど例えば成人向けのシュチュでもそもそも同人が男、女向け問わずR-18の概念がアングラなんですよ。エロが好きだけど二次創作脳とそうじゃない人じゃ嗜好が違い過ぎるので自分の嗜好が哀しいことに後者に近ければ私みたく心が痛みます。そしてキャラを傷つける表現を憎むようになります。
    でも二次創作をマイペースでやることにして本を今作っています。(入稿が終わったので他人へ一冊も頒布できなくても気にせず形にできただけで満足です。)
    これがヒロコさんのいう「惑わされずに自分の好きなものを愛でてください。」になるのかわからないですけど。
    追伸:FGOをやってますがまだ7章で中々クリアできず、pixivやツイのメインから外れた解釈やカプが好きな自分の嗜好(こちらは読専ですが)に悩んでましたが肩の荷がおりました。別に型月のガイドラインに沿ってあればいいかなと。

  10. ヒロコ1号 より:

    >be-bearさん
    コメントありがとうございます。そして入稿もおめでとうございます。
    二次創作のエロがアングラなものだと気付いたのは、同人をやめた後かもしれません。
    同人にどっぷり浸かっていた頃は、あれが当たり前だと思っていたんですよね…でも、個人的には好みじゃないものが多いとも思っていて、やめてからゆっくり考えてみました。

    本を売るために自分の好みとは違うものを無理に書いてもツライだけですし、趣味でやる同人では無意味な行為です。さらに今では、同人でよくある表現を本当に良いと思っている人って意外と少ないんじゃないのかな?とも思うようになりました。
    主流になっているものとは違っていても、自分が良いと思うものを書き続けていれば、同意してくれる人も現れるかもしれません。マイペースが一番だと思います。

    FGO7章はストーリーも長いし戦闘も大変かと思いますが、どうか第1部クリアまで見て欲しいです。そしてその先も楽しんでいただければ嬉しいです。私も同人をやめていなければピクシブなどで色々描いていたかもしれません。少数派は寂しいと感じることもあるかもしれませんが、多数派とは違う気楽さや楽しみ方があるので、他と比べずに楽しんでください。

  11. 匿名I より:

    過去の記事にコメント失礼いたします。
    たまたまこの記事に漂着した者で、同人活動もしてますが、同ジャンル同CPで繋がった人とはことごとくうまくいかなかったのは何でだったんだろうな、という現象の原因がわかり、目から鱗でございます。
    自分の場合は、BLもNLも好きだったのですが、たまたま同CPで繋がった人はNLが大地雷で、女性キャラの話をするとピリピリするし、やたらとどぎついR18な話はするしで、話をするごとにストレスが溜まっていきました。個人の嗜好なんて他人とピタリと一致することなんて所詮ないんだろうな、と納得しました。
    私も次からは同ジャンル同CPの人とむやみに繋がったりすることは避けようと思います。

  12. ヒロコ1号 より:

    >匿名Iさん
    こんにちは。コメントありがとうございます。
    同人活動をしていると、よほどの交流嫌いかオンリーワンカプでない限りは、同ジャンル同カプの知り合いができるものなのですが、今はそれも考え物かなと思っています。

    私はツイッターを使っていた間は、嗜好が合わない人に対して異常に攻撃的になっていましたが、ツイッター以前も、合わないと思いながらも交流していた人はいました。
    ただ、SNSが無かった頃は、そこまで些細なことで怒ったりはしませんでした。

    私もBLとNLは両方好きなので、どちらかが嫌いな人とは話しづらかったです。
    R18も、どれくらいのキツさまでOKかは人によって違いますよね。

    最初から「交流しません」と強く拒否する必要もありませんが(これはこれで別のトラブルになりやすいので)さりげなく交流苦手なオーラを出しておくと平和に過ごせそうです。

  13. ろんロン より:

    こんばんは。過去記事にコメント失礼いたします。

    私は元は読み専の腐女子で同人を知って約11年になります。
    2008年に腐女子になった時は、CPで検索すると、サーチやランキングサイトが出てきたので、好きなCPの作品があるサイトを日課のように巡っていました。
    しかし、2011年くらいに複数好きだったCP熱が落ち着き、検索などをしない期間がありました。
    それから少し間が空いて、2013年に新しいCPにはまり、検索をかけると、今度はサイトではなく、pixivがヒットするようになりました。

    それからは、新たにpixivに加えて、ツイッターが検索に上がってくるようになったように思います。
    同士を探すなら今はツイッターなのかと思いました。しかし、ツイッターは一時期毎日何時間も見ていましたが、公式からCPの供給があったとき、他の人はどう思っているのだろうと検索しても、なかなか自分の解釈と一致する人は見つかりませんでした。

    好きなCPを好きな人同士のやりとりも以前見ていましたが、内輪だけで誉めあったり、失礼ながらそんなに上手くなく、ラクガキや尻切れ漫画をたくさんあげている人を、◯◯の神!と讃えているのをみたとき、この中に入れなくてもいいかなと思いました。

    それから好みの呟きをする人を見つけても、マシュマロ?で変な人に絡まれたようで、いつの間にか浮上せずに消えていったり、推しCPの呟きを見つけたいのに、逆やリバ、全く関係ないツイート、そして、推しCPが好きだという人でも受けをクズやブスなどと平気でいう人も見つけて、辟易しました。(推し達は全くクズやブスの設定ではありません)
    結局誰もフォローせず、呟きも全くせずに、今は公式スマホゲームのアカウントを見るくらいです。

    腐女子になった当初は、リバや逆のCPを書く人でも好きな話なら感想を送り、そこから仲良くなり、少しの間メールのやりとりなどをすることもありました。
    しかし今、左右固定派になり、ネット上のCP論争などをみていると、もう推しについて語り合いたいとは思いません。

    でも、何らかの形にはしたいと思い、小説を書き始めました。最初はpixivを利用する予定ですが、あまり人と比べたりしたくないので、作品が増えたらヒロコさんや、このサイトでコメントされている方のように、自分のサイトを作りたいと考えています。

    もう戻ることは難しいかもしれませんが、サイト時代のほうが、地雷は自分で回避でき、管理人さんの個性も色々見ることもできたので、私にとってはpixivやツイッターがある今よりよかったのではと感じています。

    読んで感動した作品は今もぼんやりとですか思いだすほど印象に残っているので、いつか自分のサイトを作った時は、1人でも見てよかったと言ってもらえるような作品を作れたらと思います。

    ツイッターをみた当初、なぜ解釈が同じ人がいないんや…と思っていた時、ヒロコさんのサイトを見つけました。
    真の同士は存在しないという記事を読んで、同士とかいなくても別にいいやんと気楽になりました。

    ヒロコさんや、このサイトにコメントされている方の話はとても参考になります。
    これからも更新楽しみにしています。

    それでは、失礼しました。

  14. ヒロコ1号 より:

    >ろんロンさん
    こんばんは。私はサイトからSNSメインへ移り変わる間もずっと同人をやってましたが、一旦同人から離れて復帰したらSNSが登場していたという人はいろいろ驚いたと思います。

    推しカプの攻めや受けにクズやブスと言う人は、昔は見かけなかったのにツイッターで見かけるようになって、私も大嫌いです。これは本当にそういう解釈に萌えている人もいますが、普通にやっても評価がもらえないから目立とうとして変なことを言ってる場合もあります。
    前者なら普通に解釈が合わないのでスルーですし、後者ならただのアホなのでスルーです。

    自分の解釈と完全に一致する人なんて居ないけど、昔は「できるだけ近いもの」や「違ってても受け入れられるもの」をお互いの中に見つけて交流することができていた気がします。
    サイト巡りはジャンルに飽きるまでずっと楽しく見ていられるのに、ツイッターは長く見るほどストレスまみれになって、少しでも違う解釈は許せなくなるのが本当にスゴイです。

    専業や大手ではない同人は、まさに「1人でも見てよかったと言ってもらえるような作品」を作れたら幸せだと思いますし、誰にも褒められなくても自分が楽しんだのなら良しとするものだと私は考えています。なので、ツイッターの空気はやはり変だと思っています。