同人活動の思い出/同人活動の形の多様化と、オフ至上主義に対する疑問

このブログのプロフィールには、私が同人活動をしていた期間は1992年から2015年までと書いています。1992年に初めて同人誌を作ってイベント参加し、最後のイベント参加は2016年1月です。
作品を描いていたのは2015年までなので、2015年まで活動していたと考えています。

ですが、実を言うと、1992年より前(中学時代)に、当時文通していた相手から「このアニメのパロディ漫画かイラストを描いて」と頼まれて描いたものがあり、それが実は相手の同人誌のゲスト原稿だったという話があるのです。私は当時、同人誌のことをよく知りませんでしたが、オリジナル漫画を雑誌に投稿していたので、原稿の描き方は知っていました。

同人誌のことを知らなかったのに、同人誌のゲスト原稿を描いたのです。
どういう経緯でそうなったのかは、記憶が古すぎて曖昧です。相手は同人誌について説明してくれていたかもしれませんが、私が全然理解していなかった可能性が高いです。
このことは「よく知らずに描かされたのでノーカウント」だと考えています。

さらに、今も残しているTumblrを再確認したら、最後のイベント参加である2016年1月以降も、1度だけアンソロのゲスト原稿を頼まれて描いていたり、Tumblrに載せたイラストをサイトに移したりしているので、2016年に入ってからも完全にやめたとは言い切れない気がしてきました。

どこで「始めた」とか「やめた」とか、ハッキリと線引きをするのは、意外と難しいのかもしれません。一口に「同人活動」と言っても、人によってその形はさまざまです。
WEBでたまにイラストを描いているだけの人から、1年に10冊以上本を作っている人もいます。

昔は「本を作ってイベントに参加する」以外の選択肢が無かったけど、ネットが普及してからは本を作らなくてもWEBで見てもらえるようになり、イベントに参加しなくてもネット通販で本を売れるようになりました。作品さえ作れれば、発表の方法はいろいろあります。

ですが今でも、夏冬のコミケに出て何冊も本を作っていないと「同人活動している」と見なさない人もいるかと思います。ていうか昔の知り合いにもいました。「やっぱり毎回オフで新刊出さないと本気出してない感じするよね~」とか言って、遅筆な人やWEBのみの人をバカにしていたので、締め切り前にパソコンが爆発する呪いをかけておきました。

昔は同じオタク趣味を持っている人には優しくしようと思っていましたが、やはり作り手同士が集まると、上手い人は下手な人を影で見下すし、売れてる人は売れてない人を影で見下すし、本をたくさん作ってる人は少ししか作ってない人を影で見下すし、メジャージャンルにいる人はマイナージャンルにいる人をジャンルごと見下すし、SNSでいいねが多い人は少ない人を(以下略)

なぜ人は、趣味の世界でもマウントを取ろうとするのでしょうか?闘争は人間の本能だから仕方ないのです。たまに純粋な人が「イラスト仲間募集!」とか言ってるのを見ると、そんなの募集して大丈夫かと真顔になります。私はもう絶対に嫌です。

確かに最もお金も労力もかかるのは「本を作ってイベントに参加する」ことです。
でも今は、私生活の事情などでそれができない人でも作品を見てもらえる方法があるのだから、それぞれがやりやすい方法でやればいいと考えています。

個人的には、少しでも何か作っていれば、作り手として参加したことになると思います。
1枚のイラストでも、見て萌えてくれた人がいるのなら、それは二次創作を介したコミュニケーションです。反応が無くても「作品として表現した」ものには変わりありません。

あ、私のアニメ感想記事などのイラストは別です。
あれは、私のペンタブがカップラーメン置き場と化さないための強制リハビリです。

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